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▲昭和27年間東リーグー部昇格したときの東大との入替戦初戦。
(右側が明大、於神田国民体育館) |
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| ▲中野松が丘の合宿所 昭和31年に完成し、部員の規律と協調の場としてチーム力の強化につながった。なお、合宿所は平成11年、八幡山に移転した。 |
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昭和20年8月、終戦によって、3年間のスポーツ中止が解かれ、バスケットの各大会も堰を切ったように、復活してきた。
当部は、復学した部員の戦力もあって、関東リーグ1部で再スタートすることができた。
その後、昭和23年には、文理大に続いて3位を確保したものの、主力の高橋実(昭和24年卒)が卒業した後の同年は最下位
となり、日大との入替戦も1勝2敗で放け、2部に転落してしまった。
当時、1部と2部との間には、技術の差はともかく、全ての面で、雲泥の差があり、入替戦には、一種独特な雰囲気が漂っていた。
昭和25年対東大、26年対日大といずれも、チャレンジしたが敗れ、三度目の正直で、27年に東大に2連勝し、1部昇格したときの喜びは、格別
のものであった。
1部定着となった昭和28年から、インカレ初優勝までの数年間は、すぐにでも、手が届きそうで届かない"優勝"、勝てそうで勝てないという時期であったが、あとで考えれば、今まで一度も優勝していなかったための伝統の差であったとも云える。
この時期、他校との交流も積極的に進められ、昭和28年の立命館大、昭和30年の日、立、明の定期戦がスタートした。
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